省エネ節電の119番シグマのボランティア活動。九州佐賀県を拠点に、九州はどこでも伺います
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街の省エネ屋さん」のシグマです。
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残虐な戦争 乗り越えてたくましく生きる 
             二十一世紀 この子らにやさしさを・・

<佐賀から発信するボランティア活動>

NPO法人 カンボジア教育支援フロム佐賀(cess セス)


カンボジアにソーラーシステム登場パート1

シグマの石井直樹が、

@カンボジア・日本友好学園へのソーラーパネル設置
A先生と生徒への技術指導
Bカンボジア視察


この3つを目的に行ってきました。その様子です。

◆カンボジア視察の石井の感想です

まず、今回の視察に参加させて頂きました事を大変感謝致します。
堤会長(現相談役)、香月社長、本当に有難うございました。私にとって、今回のカンボジア視察はとても貴重な体験になりました。貧しい国を実際に自分の目で見ることが出来ました。


今回の視察で一番心に残ったのは、リング村での生徒の言葉です。カンボジアの人々は貧しいけど心はハッピーだと言った言葉です。

これから、カンボジアの国にも近代化が訪れるのは間違いありませんが、その時にもその心は失わないで欲しいと切に願います。

日本のようにならないで欲しいと思います。カンボジアはとても美しい国でした。自然も沢山残っています。これから発展していく上でも、その美しさや人々の心の豊かさは失わないでほしいと祈ります。

今回寄贈したソーラーパネルが学校の役に立ち、またこのソーラー技術やLEDに触れ、この学校から技術者が生まれれば幸いだと思います。

機会があればまた参加させて頂きたいと思います。また、今後、私に出来ることで、何かお手伝い出来る事があれば喜んでさせて頂きます。
本当に有難うございました。

◆カンボジア視察スケジュール

15日(木) 佐賀→福岡空港→バンコク→プノンペンへ (プノンペン一泊)

16日(金) プノンペン→シェムリアップへ アンコールトム・アンコールワット視察

17日(土) シェムリアップ視察 一ノ瀬泰造氏墓参 プノンペンへ

18日(日) プノンペン→リング村

19日(月) リング村 高校落成式

20日(火) リング村 授業実施

21日(水) リング村→プノンペンへ 王宮視察

22日(木) プノンペン視察(ゴミ山・日本大使館・ツールスレーン)

23日(金) アメリカンスクール視察 プノンペン→日本へ


1月15日(木)

視察団出発
@ 朝、香月社長に送って頂いて佐賀バスセンターでメンバーと合流。出発
A 福岡空港発。タイ航空でプノンペンへ。12時発。現地時間15:30着
B コンボーンさんとブンティさんに出迎えて頂いた。
C 当日は移動のみで一日。気温は約30度あるが、日本ような暑さは感じない。日本の初夏のような気候だが、これでもカンボジアは冬。
D ホテルで一泊。近くのスーパーへ買い物に行く。スーパーの店員さんがドアマンまでしてくれるのに驚いた。
E 家へ到着の連絡。電話代1分3$

1月16日(金)

 プノンペン→シェムリアップ
@ 朝、プノンペンからシェムリアップへ出発。飛行機で約45分。往復で約$100(車だと12時間かかる!)
A アンコール遺跡群視察。午前中アンコールトム(大きな町)視察午後よりアンコールワット視察。
B 街を走る車は9割以上日本車。その中でもトヨタ車が圧倒的に多い。
C 移動用の車(トヨタ ハイエースワゴン)一日チャーター運転手付きで$25。個人で借りても40$位。
D アンコールワットのスケールの大きさに驚く。回廊のレリーフは世界でも一番詳細にできているらしい。とても素晴らしい。頂上からの眺めは最高にいい。
E 夜、ホテルで同室になったブンティさんと会話。彼は31歳と年も近いので話があう。カンボジアの事や言葉などを教えてもらった。

1月17日(土)

 シェムリアップ視察。一ノ瀬泰造氏墓参
@ 一ノ瀬泰造さんのお墓へ。バンテアイスレイへ向かう途中にある。アンコールワットから車で約30分。そこから徒歩で約15分。案内標識あり
A 泰造さんのお墓を守っているカンボジア人の兄妹がいる。彼らは毎日来て、朝から夕方までいる。最低でも一日に一人は必ず日本人がお墓参りに来る。特に若者が多い。
B 帰りに泰造さんが必ず通ったレストランで昼食。泰造さんが好きだったメニュー10種類が、泰造セットとしてメニューにある。
C お店に“地雷を踏んだらサヨウナラ”のポスターが張ってあった。
D 泰造さんが通っていた頃のお店のマダムと会う事が出来た。写真撮影。日本に帰ったら写真を泰造さんのお母さんに必ず届けることを約束。
E 泰造セット10品目すべて注文。うち7種類はとても美味しかった。オムレツは日本の卵焼きと全く変わらない味だった。
F 午後プノンペンへ戻り、遅れて出発した坪井さん堀田さんと合流。
G 中華レストランで夕食。9人でお腹一杯食べてお酒を飲んでも全部で$56ととても安い。
H レストランでコンボーンさんが泰造さんの話をしてくれた。
I コンボーンさんがUPIに勤務しているとき、泰造さんは一番の仲良しで、いつも行動をともにしていた。
J 泰造さんは空手が出来るというので、本当か試してみた。泰造さんが足に白い粉をつけてとび蹴りをすると、天井に足型がついて、コンボーンさんは驚いた。
K 泰造さんの伝説。日本の五つ星の軍人(自衛官?)がレストランで女性をたくさん囲んでいて、それを見たカンボジア兵が嫉妬して喧嘩を売り、殴りかかろうとしたとき、泰造さんはその手を片手で受け止め、さらに反対の手で殴りかかったのも同じ片手で受け止めてしまった。そしてカンボジア兵に泰造さんが、「私はあなたを殺す事もできる。」と言うとカンボジア兵は逃げ出した。その日の夕方、カンボジア政府から日本政府へ正式にお詫びが入ったとの事。
L 泰造さんが行方不明になったと聞いて、コンボーンさんは3回ジェット機で調査に行った。
M プノンペンへ戻る。

1月18日(日)

リング村へ出発
@ 朝、セントラルマーケットで朝食。おかゆ一杯約25円。おかゆといってもスープは鶏がらで、野菜や肉類が入っている。
A リュックサックを購入。$20
B 九時半にリング村へむけて出発。絆橋を見るためにコンポンチャムを経由。到着まで6時間。通常ルートでもリング村へは3時間かかる。
C 国道1号線。対面通行で道沿いには民家も沢山ある。勿論人も歩いているし、バイクも多く走っている。そんな道路を百キロ以上のスピードで車は走る。とても怖い。ある人が死ぬのも運命だよと言っていた言葉を思い出す。それもそうだと思って諦めるが、やはり怖い。シートに横になり外を見ないようにして寝ていた。
D 途中で昼食。レストランで浄水器を試す。まずは井戸水にインクを入れて浄水。試しに飲んでみるが美味しい水になっていた。その水でお茶を沸かした。普通に井戸水でいれたお茶と比べると透明感がある。店員さんも興味津々で見おり、あとでそのお茶と井戸水のお茶を飲み比べていた。
E 絆橋見学。日本の大成建設が建設。完成までに3年かかったらしい。記念撮影。
F 夕方、リング村の学校着。本当に電気が無い。日が暮れるまでにと急いで太陽光パネルを佐賀ハウスに設置。生徒にも手伝ってもらった。バッテリーの電圧が12.4Vと0.6V不足。今夜には間に合わない模様。
G 設置後、一人で学校をみて回る。先生が声をかけてくださり案内してもらった。
H グラウンドで生徒がサッカーをやっていた。私にも入れというので、一緒にプレイするが、誰が見方で誰が敵か全くわからない。自分のゴールだけ教えてもらい、来たボールをゴールに向けてけるだけだった。
I 学校の管理人さんの子供たちと仲良くなる。人懐っこくてとても可愛い。ポム(8歳)カモン(5歳)ケヤー(3歳)
J 夜、井戸水を汲んで水浴び。身体を洗う。寝るときは佐賀ハウスに一人。ベッドに蚊帳をはって寝る。蝋燭しかないので夜はホントに何にもできない。外の星空がとても綺麗だった。日本では見れないくらいの美しさだった。まるでプラネタリウムの中にいるようだった。

1月19日(月)

高校落成式
@ 高校落成式。沢山の人が集まっている。千人以上はいる様子。
A カンボジアの教育・青年・スポーツ省からブン ソック副長官と、プレイヴェーン第一副知事 スン ヘーン氏がお見えになる。
B 日本政府からは、日本大使館の花園さん、石本さんの女性二人がお見えになる。
C カンボジアの国営テレビも収録に来ていた。後日、ニュースとしてカンボジアで放送されている。
D コンボーンさん、堤会長、甲本さんのスピーチの後、
太陽光パネルをシグマから寄贈と紹介いただいた。
E ブン ソック副長官、日本大使館の花園さん他のスピーチの後、テープカット。
F 落成式の為に、40キロも離れた場所から自転車とバイクでかけつけた生徒のお母さんもいらっしゃった。
G 落成式の後、生徒と会話。日本語がとても上手い。家には電気が無いので灯油ランプで勉強していると言う。風が吹くと消えて困ると笑いながら話してくれた。
H 私たちは貧しいけど、心はハッピーだと言う。私が、日本人と反対だね。日本の人達の中には心が病んでる人多いよ。と言うと、自殺する人いますか?と彼が聞く。私が、今、日本では年間に約3万人の自殺者がいるというと、彼はとても驚いていた。そして彼は言う。カンボジアの人達は、飢えで死ぬ人は居ても、自らで命を絶つ人は居ないと。
I 夜、ブンティさんにその話をし、学生だから良く知らないじゃないのか?と聞いてみるとブンティさんも間違いないという。カンボジアでは自殺なんてあまり聞きませんと。
J 夕方、先生方とミーティング。まず、私たちも含めて自己紹介。その後、先生方からフロム佐賀への要望を聞く。
K 先生方の要望。給料を上げて欲しい。学校に浄水器をつけて欲しい。年に一度、修学旅行をしたい。コピーやパソコンを設置してほしい。
L 夕方から夜にかけて先生方と懇親会。ビールを飲んで歌って踊って盛り上がる。

1月20日(火)

@
高校生と先生方を対象に授業を実施。コンボーンさん、校長先生も出席される。授業は、受講を希望する先生と10、11年生から30人程度だったが、他の生徒が席の後ろで立ち見や、窓にしがみついて沢山見ている。総勢百人以上はいる様子だった。
A 講師の紹介で、ブンティさんが私を、日本でとてもすぐれた技術者だと紹介したと後で聞き、とても恥ずかしかった。
B まず、
ソーラーの仕組みを簡単に説明し、それからLED照明器具の作成実習。
C はんだごてとニッパーが一つしか無かったため予定時間の2時間を大幅にすぎ、日が暮れてしまったが、それでも全員完成し、全員点灯させる事ができた。
D 自分が作った器具が点灯するとみんな喜び、全員で拍手していた。
E 家にバッテリーがある生徒はこれを使って勉強できますと説明したが、残念な事に、家にバッテリーがあると答えたのは3人だけだった。
F 授業は分かりやすく面白いと全員が言ってくれた。とても嬉しい。生徒達が先生と呼んでくれる。
G 生徒の中に、先生、私はエンジニアになりたいです。と言う生徒もいた。
H 授業は無事完了、好評だったので良かった。後で甲本さんが大學の講義みたいだったとおっしゃっていた。とても嬉しかった。
I 夜、久々に日本の味。カレーを食べる。とても美味しくて食べ過ぎる。
J 夕食後、生徒の家を訪ねる。家から通うのが遠くて困難な生徒達が、六畳位の小さな家を自分達で建て、家の中にはベットが二つと炊事場があるだけ。
K 中を覗くと、生徒の殆どが灯油ランプの明かりで熱心に勉強している。とても感心する。

1月21日(水)

リング村最終日
@ 朝目覚めると、気分が悪く、お腹も痛い。すぐにトイレへ駆け込む。下痢と嘔吐に苦しむ。
A リング村最後の日だったので、朝七時の学校の朝礼に参加。お別れの挨拶をする。顔ではニコニコ笑っていたが、とても苦しかった。
B 朝礼後、部屋へ戻ってダウン。悪寒と下痢と嘔吐。水すら飲めない。吐き気がするのに吐くものが無いくらい胃の中が空っぽでとても苦しい。悪寒がひどく長袖のジャンパーを着込んでベットに横になる。
C 下痢は体力をひどく消耗するので、疲れ果てて眠ってしまった。
D 目覚めると、苦しいが朝ほどではない。水が飲めるようになったので、沢山の水を飲む。水を飲んでは下痢と嘔吐の繰り返しだが、とにかく飲んで出してスッキリしようと思う。
E 計ってはいないが熱が相当高かったのだと思う。うなされる。子供たちの顔が頭に浮かんだり、急に小学校の校歌を思い出したりした。その時はもう帰れないのではないかと思った。
F お昼ごろまで休んでいたら大分良くなったので一安心。起きて歩くことも出来るようになったので、堤会長、甲本さんにもう大丈夫ですと連絡。とても心配されていたらしい。
G 同日、同行の坪井さんもダウン。アメーバ赤痢との事。
H 堤会長と打合せ。
学校の敷地に4m×9mの空いている敷地があり、ソーラーパネルを設置するのに最適。(1000×450)のパネルを80枚設置可能。80枚設置する架台を作成し、制御盤を設置すれば、学校へ電気を供給できる
I 16:00リング村出発。生徒達が列を作って見送ってくれる。別れ際に管理人さんの子供たち3人が草を束にしてプレゼントしてくれた。
J ダウンしたせいで、授業の感想を生徒に聞けなかったのが残念だった。
K 生徒達が、車が見えなくなるまでずっと手を振って見送ってくれたのが印象的だった。

1月22日(木)

@ 日本大使館へ。警備は厳重。車の下まで鏡でチェックされる。
A 地神参事官、石本さんと面会。派遣している先生の身の安全をお願いし、現地の情報を聞く。
B 日本人が持つカンボジアのイメージとして、地雷の国とか、イラクのように内戦があっているとか、ポルポトのイメージが強いと聞く。
C 治安はそう悪くはないが、犯罪は増加傾向にあるらしい。
D 帰り際に、学校に来られた花園さんにもお会いする。
E 大使館のあと、ツールスレーンへ行く。ポルポト時代の処刑場。学校を改造して作られたとの事。当時のままをそのまま残してあり、各部屋には当時の写真もある。部屋には血痕なども残っている。ポルポトの時代から約30年過ぎた今でも生々しい。
F 処刑された人の写真や、ポルポトの少年兵の写真も展示されており、一番奥の部屋には遺骨を沢山展示してある。
G ツールスレーン視察の後、王宮視察。
H 王宮の後、ホテルへ。ホテルのインターネットサービスを利用してサイボウズを開く。日本語での表示も成功。しかし、キーボードが英語キーボードなので、日本語の入力が出来なかった。
I 堤会長の部屋で、ノートPCを使ってインターネット接続にトライ。成功する。
J ゴミの山見学
K 夕方、今度は堀田さんがダウン。メディカルセンターへ。
L 次に堤会長の奥様が吐き気がするとの事でメディカルセンターへ。
M いよいよ明日帰国。帰ったらうどんが食べたい。

1月23日(金)

カンボジア最終日
@ 午前中、買い物。セントラルマーケットへ行くが、中国正月で店は休み。周辺のお店を見て回る。その後、デパート視察。
A プノンペンホテルを経由してアメリカンスクール視察
B コンボーンさん、ブンティさん、岩崎さん、田中さんに見送って頂きながらプノンペン発、バンコク空港へ。
C バンコク空港を深夜一時半に発。日本へ。

1月24日(土)
@ 朝八時に福岡空港着


カンボジアに ソーラーシステム登場パート2
  (2004年7月23日〜29日)
カンボジアに ソーラーシステム登場パート1
  (このページです)
  (2004年1月14日〜24
日)
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